4八銀という情景 その1

将棋の初手はざっくりプロでは7六歩と2六歩とに分かれるだろう。他にも7八飛やら5六歩やらといった手もあるか。

しかし世にある初手というのは突き詰めていけば7六歩であるか2六歩であるか、それ以外であるかという話になる。

じゃあそれ以外が悪いのか?という話だが、そうでもない。先述した7八飛や5六歩といった指し手は決して悪手ではない。アマチュアであればここで良し悪しが分かれはしないだろう。

初手で良し悪しが分かれることなんていうのは滅多にないわけだ。

ここでタイトルの話、4八銀ってどうなの?という話である。将棋は歩からというように歩を動かす手が初手として多く見られる世界で、初手に銀。

天野十三段も江戸から飛んでくるような奇手に映ると感じる人もいるかもしれない。昭和からタイムスリップしてきた棋士が見れば「駒落ちか?」と首を傾げるかもしれない。しかし初手でこれを指した前例はプロでもあるし、アマチュアでも愛用している方がいる。

では4八銀という一手は何なのだろうか?

どういう利があって、どうして指されるのか、その意味を考察していこうと思う。

 

Part1.作戦決定の主導権

おおよそのところ将棋とは先手と後手が指しあって作戦が決まるゲームだ。例えば藤井聡太先生が好むとされている角換わりは先手の7六歩に8四歩と来る場合や相掛かりのスタート(2六歩8四歩)の分岐で生じる後手が先手に作戦決定の主導権を握らせるものだ。

逆に佐藤天彦先生が好んで指し、一時代を気づいた横歩取り振り飛車の代名詞である四間飛車は7六歩に3四歩と指して後手が作戦決定の主導権を握る。

ここでは初手4八銀という作戦がどちらに属するかという判断をしていくが、結論を先に言って仕舞えばどちらでもある。この初手4八銀という一手の持つ含みがその所以であり、作戦決定の難しいところでもある。それを如実に出すこの作戦は玄人向けと言えるのかもしれない。

まず、この初手を居飛車振り飛車という分類で分ければまごうことなき居飛車である。4八銀という初手は飛車を左(5八〜7八)へとやるルートを消してしまう。行けて3八で袖飛車か。かと言ってこの一手で主導権を握ることはできない。その原因は振り飛車という概念だ。

飛車を振るから振り飛車とは言うが、この作戦を好んで指す人がアマチュアで多く居る理由は恐らく振るからという理由ではないだろう。指そうと思えば指せるから、勉強量が少なくて済むという他ならない。振り飛車側は作戦を対向形ないし相振り飛車に決定してしまえるのだ。

では4八銀を初手に指して3四歩、5六歩、4二飛車のような手順で飛車を振られるとどうなるのかという話だが、作戦が後手によって対振り対向形に決められてしまう。

ここで7六歩との明確な違いとして相振り飛車を発生させることはこの4八銀ではできないのである。いや、中飛車左玉形式ならば理論上は可能ではあるが、それが成立するかどうかは私が検討していないのでわからない。

従って対振りの作戦決定権は先手が4八銀とした場合は後手が持つこととなる。これ自体は居飛車振り飛車で往々にして現れる構図であって、これ故に後手が有利だとか先手が不利だというわけではない。ただ指す時に振る側は4八銀相手には対向形をできるというだけの結果である。

だが、これは4八銀という作戦を選ぶ指標になることもある。

例えば相振りをしたい人は初手で4八銀は指せない、振り飛車党は絶対に初手4八銀と指さないといった具合だろうか。他にも例を挙げれば枚挙にいとまがない。

なんせ対振り初手4八銀はどういう作戦になるか振り飛車党が決めれるということである。

角交換四間飛車、ノーマル四間飛車三間飛車も全般行けるだろうし向かい飛車もあり得る。今では見られないがノーマル中飛車もあるだろう。対振り飛車の作戦を持っていないと指せない(指しづらい)というのがざっと考えた雑感だ。Twitterで4八銀を指すとされているミカサ先生(この場では4八銀というものについて自分より先人であるためプロ棋士でなくとも先生と呼ぶ)は飯島流引き角戦法に派生させることで対応しているようだ。

これは棋譜などを見ているわけでもないので私の予想に過ぎないが、飯島流引き角戦法に派生させるということは4八銀として上がった銀を用いて嬉野流などに分類される引き角形の戦法とも同じように指すことができるのではないかと思う。

居飛車相手であれば作戦決定の主導権を握れるのか?という話だが、ここは複雑になる。

4八銀への応手が8四歩の場合、角頭を守らねばならない。従って7六歩となる。ここで8五歩と来た時は2つの手順がある。

パターンA.5六歩と指すことで英春流と合流する。

パターンB.7七角とすることでさらに作戦決定を保留する。

パターンAの場合は前述したミカサ先生と同様な順になるが、後者は難しい未知に満ち満ちた展開となる。

例えばここで後手が3四歩と指し、6八銀7七角成と角換わりの順になったとする。

その時に4八銀は味消しに映る。2六歩の一手の方がいい手に思えてしまう。角換わりを仕掛けた側から飛車先をついておらず、先に銀が上がっている。角換わりという作戦はおおよそのところ棒銀、早繰り銀、腰掛け銀、右玉の4パターンに分かれる。この棒銀という作戦は4八銀からは選択できない。

さらに言えば飛車先を突くのが先手だけ遅れているのに対して後手が飛車先を突いている。

なんだかナンセンスというか、特筆する悪さも見えないが良さが見えない。

他にも初手4八銀で後手は居飛車で、英春流を志さない場合に指せる作戦は雁木だろうか。

無理やり左美濃にすることもできるがこれは無いものとする。

まあそうすると雁木はどうなんでしょうね?現代雁木に明るくないので初手で飛車先を突いていない雁木に詳しい方がいましたらお教えください。

他にも嬉野流などに合流することもあります。7六歩ではなくて7八金で指す場合には発生する戦型です。

ここでおっ?と気づく方も居るかもしれませんが、4八銀を初手で指せば対居飛車の作戦決定の権利って居飛車側が持つんですよね。

 

つまり初手4八銀という指し手は

・対振り飛車

作戦決定の主導権は振り飛車側。

・対居飛車(相居飛車)

幅広い作戦の中から選択ができる。ただし利があるのかわからない。

ざっくりですけどこんな感じですかね。

 

初手4八銀という一手から始まる盤上の情景は結構難解。まあまあ難しい。

ミサカ先生のツイートで「初手4八銀とかミサカ以外は悪手です」というツイートがある。

そうではないだろうとも思うが、そう言ってしまうかもしれない。指し慣れていないと、この初手を指すのは難しいだろう。